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電柱の味わい

今日は暑さも凄いものがありましたが、夕立ちももの凄かったです。
あれがもうちょっと極端になると例の「ゲリラ豪雨」ってヤツでしょうか?
いつもの夕立ちと違ったのは、止んでから気温が大して下がらなかったこと。
日付が替わろうとしている現在でも24.5℃あります。
まあしかし、そこらじゅうがカラカラでしたから
植物たちもやっと一息つけそうです。

写真は土浦市内の城跡=亀城公園にほど近い古い商舖が建ち並ぶ一角、
ちょっとした観光スポットになっています。
通りの様子を見てすぐにお気づきになるかと思いますが、
景観保全の考え方から電柱が埋設され、街並がスッキリと見えます。
電柱の地中化は歴史的な街並の保存でよく取られる手段ですが、
こうした特に古い軒が連なる場所では、確かに有効ですね。

ところで、以前にも書いたことがありますが、
時代を映す景観というのがあって、その時代によっては
電柱がいい味を醸し出す場合もあるように思います。
それはやはり「昭和の景観」でしょうか。
ひと口に昭和といっても、長かった時代ですから一概には言えませんけど。

わが町牛久の隣には竜ヶ崎市があります。
この龍ケ崎の駅前から連なる商店街はなかなか立派なものなのですが、
ご多分に漏れず近年はやたらとシャッターが目立つ様になりました。
しかし、まだまだ頑張っているお店もあります。
通りには呉服屋さんなどの古い店舗もありますが、
全体には「三丁目の夕日」的な高度成長期のノリが漂います。
こういう場所ではやはり電柱でしょう!・・・というのが私の意見。
ごちゃっとした中に暮らしの匂いや気持ちが通い合う人間関係が
共存しているように感じられるのです。
しかもこの町、コロッケで売り出しています。
コロッケの匂いが漂う商店街には、
電柱とそこから張り出す無数の電線に仕切られた夕焼け空と
お豆腐屋さんのラッパに、買い物かごをぶら下げた奥さんですよね。
そうそう、買い物かごというマイバッグの文化が、日本にはありました。
(あ〜・・・話がそれた:笑)

じつは近頃景観保全がらみのワークショップなどをやると
どんなところでも大抵電柱を嫌い、地中化の話題が出て来ます。
でも、個人的には電柱が作り出す雰囲気や街並の顔つきが
効果的な場面もあるように思うのです。
あくまで個人的な見解かも知れませんが、
住宅街の中にある電柱に、緑のプレートに白で「文」とある
スクールゾーンの巻き表示を見ると、落ち着いた街並の印象を受けます。
あと、農村風景の中にコンクリートの立派な電柱が並んでいるのは
興ざめですが、これがタール塗りの木製電柱に傘型照明だったりしたら
地中化するよりずっと素敵かも・・・なんて思っちゃいます。
こういうのって、人それぞれの世代感覚って大きいのかも。
平成生まれの人たちだったらどんな感覚を持つのでしょうね。

Kura_tsuchiura

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意見がある人〜ハイ、ぐりお君」カテゴリの記事

コメント

ぐりおさま、初めまして。

こちらのブログを教えていただきましたので、お邪魔しました。

この、電柱がなくなった日のことは覚えていますよ。
朝にあった電柱が、夕方にはなくなっていました。

いつも見ている場所なのに、急に道が広く、そして空が高く広く感じられました。

たかが電柱、されど電柱、ですよね。

投稿: mari | 2009年8月 8日 (土) 22時37分

mariさんようこそいらっしゃいませ。
そうか!お近くなんでしたねー。
でもって、事の次第と顛末をご覧になっていたのですね。
う〜む、これは貴重な経験ですね。

確かに、空も道も広く感じられました。
でも、古い商舗の軒の位置は当然昔のままなはずですから、
その昔は広々としていて、当然自動車なんかほとんど来なくて、
人や荷車が往来していたのでしょうね。
のびのびとして、だけど活気があって・・・

スピードやスケールのモジュールって、時代を映しますよね。
現代は人間本来のモジュール感覚を
時間やスペースが追い抜いているのかも、多分・・・
ああ、便利って自然体な人生を送るには、
あまりに不便かもしれません〜(笑)

投稿: ぐりお | 2009年8月 9日 (日) 00時29分

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